稽古・試合の心掛け

稽古の心得

楷書の稽古であること

先輩の型を手本とするも、それはあくまで楷書の型で、行書や草書の型は手本にならない。

一撃必勝であること

この技が失敗したら次の技があるんだ、という考え方の「稽古」では真の技は体得できない。 型を形成して いる個々の形(技)は総て相手を倒したという気迫を込め て「稽古」しなければならない。

空手に先手無し

専守防衛の護身術から発達した武道で、総ての型は受けの形(技)から始まり、そしてその形(技)は最  短距離(道は近きにあり)を通って対応する。所詮、攻防の形(技)は、相手の出方を見てから発する。  即ち空手に先手無しの所以である。
 ○残心を示す。
 ○受けも攻撃である。
 ○迫力、瞬発力のある形(技)とは、ゼロから発し、瞬時に最高点まで引き上げられたものでる。

型の「稽古」は鍛錬法である

徹底した楷書の型の反復練習によって基本を体得すれば、非常の際は、相手の技に対応すべく適切な技が自 然に発し、相手の技を牽制するのである。

少林寺流の型

少林寺流の型には「前くつ」や「後くつ」の形はない。上半身は自然体で重心は「まん中」にある。


試合の心掛け

試合とはその道の力があまり違わない両者が習い覚えた技術をつかって勝敗を争うことをいう。試合にあた っては、技術の巧妙さを人に見せようとせず、勝ち負けという小さなことい心を奪われず、全力をあげて戦 わなければいけない。強敵にあたって負けるにしても、恥ずかしい負け方をせず、弱敵に勝つにしても、卑 しい勝ち方をしない、武道家らしい態度を保たなければならない。礼儀正しく美しく勝ち、美しく負けるこ とである。武道の試合は、まぐれの勝ちを当てにしてはいけない。千変万化のかけひきは必要だが、ごまか しはいけない。勝敗は時の運というが、つまるところは、精神・技術など実力の正々堂々の勝負である。試 合の場に立っては、けっして敵を侮ってはいけない。敵を攻撃して引き上げたとき、審判の顔をうかがった り、横向きになったりしてはいけない。どんな時でも体制を崩してはいけない。それが残心の教えである。 すべて審判に任せ、負け惜しみを言ったり、抗議したりいてはいけない。不幸にして審判が自分に不利な判 定をした場合でも、決して不服を言わず、次の機会に勝とうと心掛けるべきである。試合の数を重ねること は、精神を沈着させるのに必要である。場数を踏んでいないものは、なすべきことを忘れ、ただ勝つことば かりを考えて躰身が堅くなり、手足が動かず、目も見えず、見苦しい負けを招くことになる。勝とうという 心を絶ち、勝って喜ばず、負けて悔やまず、虚心平気でいつのが最善である。     高野 佐三郎 著